18世紀のころまでは最高級住宅地だった。パリ最古のサン・ジェルマン・デ・プレ修道院教会を中心とした、セーヌ川左岸第6区の地区。ソルボンヌ大学を中心とする第5区とともにカルチェ・ラタン(ラテン地区)とよばれ、書店・出版社・画廊が集まっている。ソルボンヌ大学の学僧達のラテン語が聞こえてきたのがいわれ。この地区が文化的に最も華やかだったと言えるのは20世紀半ばのこと。J・P・サルトルらが実存主義を唱えた頃である。オー・ドゥー・マゴ、フロールといったカフェがその舞台。それに連動するように次々と新しい芸術表現がこのあたりの画廊が擁する画家から生み出された
70年代初頭に右岸のボーブール通りにポンピドゥー・センターが設立計画が本格化。左岸から画廊がボーブール地区へ民族大移動 。一時的に主役を右岸に奪われた感があった。しかし大手の画廊が集まる右岸に対して前衛的な左岸の中心地としてサン・ジェルマン・デ・プレの画廊。小なりといえども存在感のある画廊が多い。
縁の文化人
サルトル&ボーボワール グレコ ヂュラス
そぞろ歩き
四つ角にブラスリーリップは故ミテランが愛したてアルザス料理の店。頑固そうで優しいギャルソン達が働いている。きびきびよく働く。まずドウマゴでお茶をする。ここでサルトルとボーボワールは会っていたのだ。たいてい教会側に腰を下ろす。ジャコブ通りで骨董店をみて歩く。教会にも音楽会で良く行く。まっすぐサンジェルマン大通りを歩きSonia Rykelで買い物をする。通りを隔ててギリシャの宝石店ががある。馴染みの店員さんに表敬訪問するが。。。買わない買えない。
やがてどんどんインテリア関係の店が増えて来る。イタリアの厨房関係の店はもう顔馴染み。もちろん右岸のフォーブルサントノレも好きシャンゼリゼーも好き。でもおおむねパリの東?西西?東の線移動だがこのあたりは東西南北にくまなく行き来できる。足のむくまま気の向くまま歩く。リュクサンプール公園を南西のヴァヴァン通り側から出ると、ソルボンヌ大学法学部や私立名門校、アルザシェンヌ校がある。このあたりは学校帰りの子供や大学生の姿がいっぱい。ヴァヴァン通りをまっすぐに進むとラスパイユ大通りにぶつかる。ロダン作のガウンをはおっただけのバルザック像が立つラスパイユ大通りにくると、迷っても心配無用。空を見上げてふたつの教会を捜す。サンジェルマンデプレ教会かサンシュルピス教会の双塔が目に入る。
せいぜい100mもない。お気に入りの路地は鋏横丁rue Ciseauxだ。幅3mもない。両脇は小さなエスニックの飲食店。日本料理店、中華、韓国料理店。幅もせまいが長さもない。ズラズラつづれ折りしながらサンシュルピスの教会にでる。この横丁に数人程の日本人の店主&店員さんがいるので心強い。
サンロッシュ教会が王党派の牙城なたこの教会は革命軍の牙城。天井絵はドラクロア。カトリーヌドヌーフはこの辺りに住んでいてこの界隈の店によく彼女の恋人故マストロヤンニが来ていたとか。彼は気さくで思いやりがあってギャルソンとか店員に人気があったらしい。この地下は大駐車場。
このあたりは流行のファッションといより生活雑貨の店とか多い。流行の発信基地のひとつ。よく雑誌を抱えた日本の若いお嬢さん達に出会う。私はオデオン座界隈が好き。ブッシ市場の賑わいが大好きだ。なんとも人恋しい生活の匂いがプンプンする街。ひょっこりお洒落な絵とかタピストリーにでっくわしたりする。どんどん歩くとパリ最古のカフェプロコープ
隣の王城酒家はゴーミヨーの☆が付いている名店。私のトムヤムクムはこの店の味を失敬した。
リュクサンブール公園にはぐるぐる廻りを歩いているうちいろんな場所から出入りする。本を読む人池で小さな船を浮かべる人寝そべるひと木漏れ日で顔が斑な人。。。楽しそう。アンリ4世の再婚の相手はメディチの姫。この館はマリードメディシスが全面協力のもと竣工。

外観はパリ最古の鐘楼を持つだけあって古ぼけているが内部は美しいサンジェルマンデプレ教会。音楽会にお祈りにミサにパリ滞在中の心の支えがこの教会。↓

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