長靴の「かかと」にあたるプーリア地方 .ローマから空路がお勧め。
食材の宝庫。世界のバージンオイルの60%を生産。Bariのの起源は古く紀元前に逆る。前3世紀にはローマの支配下に後ナポレオン時代に新都市計画が組まれた.大戦後の目覚ましい発展で現在は人口34万人。プーリア州の州都工業都市としての面目を維持している。空港も立派。
15〜16世紀頃、建物を所有することを禁じられていた農民が
領主の見回りの際にすぐ取り壊せるようにモルタルで塗り固めない
石積みの住居を作ったことが始まり。「キアンカレッレ」という平たい石を円錐状に積んだ屋根を持つ仮設住宅といえる。外壁は白い石灰が塗られ、何度も何度も塗り重ねられるうち独特の丸みが出て来た。毎土曜日に女性が行うことが伝統とか。このユニークな建築の大集落が誕生したの16世紀後半、スペインという大国に支配された南イタリアの農 民の歴史が凝縮されている。農民達は住居を作ろうとし阻止しょうとする領主コンヴェルサーノ伯のとの小競り合いは18世紀まで続く。ついに当時南イタリアを支配していたブルボン家のフェルナンド4世地方巡行の折。この町を一目見るや否や、農民達の作った「トゥルッリ」をいたく気に入り自分の直轄領とした。以後は、この形の家のみを建てるように」との命令を出す。Alberobello「美しい木」命名。
トゥルッリについて
古代から地中海沿岸で見られた建築様式で今ではアルベルベッロにだけ残っている。石灰岩地層が広く覆う痩せた大地はオリー ブしか育たず、小作人は厳しい生活環境に生きた。 トゥルッリには釘やセメントなどの接着のための建材は一切使用せず足下を掘ればすぐに手に入る石灰岩を使った。こうして独自の建築様式を発展させた。
白い小さな集落に夜の帳が降りて来た。あちこちの小屋に灯がポツリポツリと灯り始めた。一段とメルヘンチックになって来た.ちゃんとホテルもあった。屋根一つで1室。5人家族は5つの屋根がある。客人として観るのは楽しいが住むのは辞退する。トイレは併設されてない。開口部がない。何と言っても手狭。
アルベルベッロのHP

イタリアドライブ旅行 の反省 充分な警戒心と下準備のおかげでイタリアドライブ旅行はつつがなく終わった。2人のお抱え運転手の交代でよく働いてくれた。
        反省点は2つ。 1)滞在型の旅行以外はホテルは荘園主気取りの郊外の宿は避けるべきだった。
2)少なくとも夕暮れ時までは宿に到着するよう目一杯観光しないこと。トスカナでは地元の人から誘導してもらいここでは携帯電話でホテルから遠隔操作してもらった。夜の葡萄畑とオーリーブ畑は黒い海に漂っているようだった。

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