| デンマーク | ![]() |
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さすがデザイン大国の表玄関。床が木で出来ていて落ち着く。デンマークは名にしおう家具の国。 |
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息子が連絡しておいてくれたので大学院生がホテルに来てくれた。 米国の大学の夏期講座で知り合ったらしい。 息子が一目惚れしただけあって清楚な美人。でももうフィアンセがいるとか。起死再生をねらってるからおみやげは気の利いたものにしてくれと息子。一応和風のポシェットと揃いの財布もつけたが見込みはなさそう。不憫だ。 |
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由緒ある素晴らしいホテルだがいささかとうが立っている。今回の旅行中一番の手痛い出費。コペンハーゲン一のストローエ通りに面していて格式北欧有数。 |
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念願のデンマークの王立窯ロイヤルコペンハーゲンのブルーフルーテのセットを購入しっかり抱きしめて北欧中を廻った。 |
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デンマークには気になる女性が二人いた。 |
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| アイザック、ディネーセン
(1885〜1962年) |
アフリカの日々Out of Africaの作者。アイザック、ディネーセン。(1885〜1962年)北欧の貴族社会を捨てアフリカで18年コーヒー園を経営。20世紀最高の物語り作者。ノーヴェル文学賞をなぜ彼女にあげなかったか不思議だ。婚約者の裏切りにあいその弟とあてつけ結婚。この弟がまた不実な男で気の毒。 |
| 英国皇太子妃アレキサンドラ | 写真が登場して以来の最も美しい英国皇太子妃(プリンセスオブウェールズ)と云われている。妹のミニーもロシア皇太子妃となった。二人はそれぞれの夫にねだりコペンハーゲン郊外に里帰り用の城を造った。兄嫁デンマーク王妃に気兼ねしたらしい。 |
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こんな美人の妻を持ちながらエドワード7世は史上最多107名の私生児を持った。 |
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絶世の美女ながら首に大きな傷のあったアレキサンドラがはやらせたのはチョーカーという首飾り。そしてプリンセスラインという上下セパレート型のワンピース。デンマーク王女とはうえ傍系の出身の彼女はコペンハーゲン市内の王室借上げ住宅に一家で肩よせあって暮らしていた。洋服は統べて彼女のホームメードでこの上下別々のアイデアは苦肉の策とか。『こうすると上か下がどちらかがいたんでも大丈夫ですから』と姑ヴィクトリア女王に答えたとか。 |
| お世話になったサイトと本 |
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| コペンハーベンガイド http://copenhagen.japanese-guide.com デンマーク http://denmark.or.jp |
マイケルケント公妃『異国に嫁した姫君達』
アイザック、ディネーセン『アフリカの日々』晶文社 |
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