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エレオノール・アキテーヌ
(在位1199年〜1216年) |
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トゥルバドゥールとしても有名なアキテーヌ公ギョーム9世の孫。フランス南部のほとんどを継承する地位にいた.アリエールともいう .現在のフランスの約4分の1の地域を支配していた。父ギョーム10世の時代には屋台骨がきしみ始めた。教会や領地内のごたごた続きに悩んだギョーム10世は1137年スペインの聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへ出発。巡礼の途中に急死した。遺言でアリエノールとその領土をフランス国王ルイ6世に託した。 | ||||||||||
| フランス王妃へ |
1137年フランス王ルイ7世と結婚。 |
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エレオノールの持参金ならぬ持参領地は、アキテーヌ、ポワトー、トゥールーズ、ガスコーニュでフランス全土の3分の2に及んだ.王位はあるとはいえ新郎の皇太子ルイ7世は逆玉。フランスの薔薇とよばれた華やかななエレオノールと抹香臭い修行僧のようなルイ7世とは所詮水と油。カペー朝フランス王ルイ6世の次男の彼はサン・ドニ修道院で育てられていたが兄の死で王位についた。エレオノールはやけに信心深い夫に『王と思って結婚したら修道士だった』と嘆く。 | ||||||||||
| 第2回十字軍 | |||||||||||
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聖ベルナルドが信心深い王に勧めた第2回十字軍出兵。好戦的なエレオノーラは優柔不断な夫を叱咤激励し引っ張っていった。『聖地奪回のために闘うフランス王妃』の名声が欲しいだけで殆ど物見遊山気分だった。大いに夫の行軍の邪魔をした。ついに雄図虚しくルイ7世はフランスにじゃじゃ馬王妃を連れ帰った。戦いの最中彼女の叔父を見殺しにしたと夫を深く恨んだ。これがもとで夫婦仲は決定的に壊れてしまった。十字軍参加は、初恋の人である8歳年上の叔父アンティオキア公 との再会のため。そのためエレオノールは宝石毛皮満載の荷馬車で従軍。ローマ教皇の主導で行われた十字軍の中で、最も成果の無かった十字軍だった。 |
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| 英国王妃へ | 1152年ヘンリーと再婚 | ||||||||||
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アキテーヌ女公爵エレオノールは、ノルマンディー公にしてアンジュー伯たるプランタジネット家のヘンリーと恋に落ちた。ヘンリーは10才年下ながら凛々しく甲斐性のあるプリンスだった。ルイ7世と1152年5月18日離婚、3ヵ月後結婚。この結婚がその後のすべての悲劇の始まりだった。1154年〜1453年の間はアキテーヌ地方はイギリス領になる。そのためアキテーヌで造られたワインはイギリスへ運ばれ、王侯貴族をはじめ、イギリスで広く飲まれるようになった。 | ||||||||||
| プランタジネット朝 | |||||||||||
| この結婚でイングランドからフランスの西半分すべてを支配する国―「プランタジネット帝国」が誕生した。おかげでフランスはイングランドの大陸領土に始終脅かされることになる。やがて百年戦争にいたる根深い対立が始まったのである。エレオノールはイングランド王妃兼アキテーヌ女公として政治的才能を発揮した。夫ヘンリーと共に広大な領土を治めてゆく。王族版共稼ぎともいえる。ヘンリーとの間には、5男3女の子宝にも恵まれた。 | |||||||||||
| 単身赴任の女王様 | アンジューのエレオノール | ||||||||||
| エレオノールは大陸のアンジェ(アンジュー伯領の中心都市)に滞在することも多かった。夫婦別居の単身赴任である。そこでは吟遊詩人を集めた「愛の宮廷」が開かれ、騎士道精神に磨きがかけられ、中世の宮廷文化が栄えた。 | |||||||||||
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吟遊詩人の女王
エレオノールの祖父ギョウム9世が吟遊詩人の祖。闘う女エレオノールの宮廷はまた吟遊詩人の集う雅の中心だった。彼女はまた何故かエチケット宮廷作法の元祖。吟遊詩人の原語であるTroubadourトルバドゥールは詩人にして作曲家の宮廷芸術家のこと。トルバドゥールとの中には大領主や騎士、聖職者までいた。ジョングルールは見世物芸人の総称で、その中で文芸作品を持ち歩き披露する人々がそれに該当した。 |
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| ヘンリー2世と別居 | 1167年 | ||||||||||
夫と離婚準備をはじめる。まず自分の大陸の領土を子供たちに与えようとした。しかしこれはプランタジネット家を揺るがす原因となった。フランス国王ルイ7世の思うつぼでイングランド国王夫妻の仲の悪さにつけこんだ。プランタジネット家がお家騒動中はフランスは安泰だからである。
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| 麗しのロザモンド | |||||||||||
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ヘンリー2世にはノルマン貴族の娘ロザモンドという愛人がいた。猛妻エレオノールの目からロザモンドを シャーウッドの森の奥深くに匿い寵愛した。ロザモンドは30才で儚い生命を終えた。その美しさは世界の薔薇Rosa-mondと呼ばれ『麗しのロザモンド』という民謡で歌い継がれている。
←嫉妬に狂ったエレオノールは赤い糸を手繰ってロザモンドの居場所を突き止めたとか。 |
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| 復讐劇 | |||||||||||
| エレオノールは報復のためにアキテーヌに戻り当主にリチャードを据える。前夫フランス王ルイ7世まで仲間に引き込んでヘンリー2世に刃向かった。戦いはヘンリーの勝利に終わりエレオノールは幽閉された。それから15年の後王子たちは再び反乱を起こす。元凶エレオノールは夫から16年の長きに亘って幽閉される。リチャードの手によってウィンチェスター城から救出された時、彼女は既に70才の老女になっていた。その後もなかなか元気に活躍。全てはロザモンドに対する嫉妬が彼女を闘う女にしたてあげていった。 |