Cambridge
ボストンローガン空港からチャールズ河沿いに30分程で対岸の街ケンブリッジ市に着く。
チャールス河を渡ると対岸はケンブリッジ市。すぐにハーヴァード大学構内のメモリアルチャーチの尖塔が目に入る。第1次第2次両大戦で戦死した学生を鎮魂のために建てらた。じつはここで結婚式を挙げた最初の日本人て。。。私達...。
チャールズ河ロングフェロー橋。よくご近所のMIT(マサチューセッツ工科大学)との対抗レガッタが浮かんでいる。みずすましのよう。いろんな河を見て来たがこのチャールズ河の河岸の美しさは滅多にない。
息子は最後の詰めで忙しいのでローガン空港の迎えもなし。寮にも入室出来ないのでホテルで時間調整。夕方寮で落ち合った。既婚者用の寮なので夫の友人のお屋敷でなくここに3泊。この仲睦まじい2ショットの後小競り合いの連続。

寮は大学構内なので散歩は敷地内。街自体が小さい。ほとんど何十年前と変化なし。頑固な界隈というより石や煉瓦が素材だから仕方がないのだろう。
正式名称は「Harry Elkins Widener Memorial Library」ワイドナー図書館。一人息子をタイタニック号でなくしたワイドナー家が息子を偲んで寄贈。この階段で本は読まずにランチボックスを広げた新婚マデリン夫妻だった。↓
建築学部長セルト先生は亡くなって碑になっていた。スペイン王夫妻が献辞を捧げていた。優しいセルト夫妻の在りし日の姿が浮かびしんみりした。夫人はホアンミロの妹。よく学生を招いて下さった。パテオのある平屋。ミロの大壁画は『彼のアトリエを設計したらこれを送って来たよ』とのこと。小柄で美しい夫人は夫の死後故郷バルセロナに帰国し余生を送られたとか。美しいアービング街の邸宅は大学に遺贈されたが前学部長が売却したそうだ。初代学部長はナチに追われたウォーターグロピウス。かのマーラー夫人アルマの2度目の夫。

Brattle界隈