![]() |
Montrey半島 | ![]() |
![]() |
カリフォルニアは、その地名にスペイン語が非常に多いことからも、スペイン人のキリスト教伝導士が強く影響している。カリフォルニアには合計21のミッション(伝道所)が建てられ。それらを結ぶEl Camino Real(王様の道)は原住民しかいなかった土地にたくさんの人を導く道となり、その結果として原住民はほとんど絶滅した。1769年に建てられた最南端のサンディエゴミッションから始まり、1823年の最北端のサンフランシスコ(Solano)ミッションまで21ある。 |
|
|
息子も渡米直後で不案内。いろいろ考えて結局タクシーで南下することにした。飛行機より少し経済的。ホテルから約2時間半のドライブ。運転手は厳かなお顔のアフガン人。携帯でひっきりなしに株の売買の指示をしていた。折角奮発したタウンカーがまるでディーラールーム。3年経ったら息子も車を持つ身にご出世。夫と交替で運転してくれた。彼等だとチップも要らないし楽だった。ドライブコース |
| Montreyへ | |
![]() |
Monteryはサンフランシスコ(SFO)から飛行機で南へ77マイル、 ドライブ距離にして100マイルの位置。半島の付け根の部分のフィッシャーマンズウォーフがダウンタウン。この地を愛したスタインベックはここを題材に沢山小説を書いた。カルフォニア屈指の良港なので海の幸がいっぱい。鰯の缶詰で栄えた港町。工場が廃れたあとは見事に観光地として復活。キャナリー・ローは大変な賑わい。品揃えは超カジュアル。映画『フォレストガンプ』の撮影もここで。 |
| 思い出のコーナー | |
![]() |
フィッシャマンワーフのSea Foodレストランにまた来た。カラマリのフリッターが名物。柔らかく揚がった槍烏賊にレモンをきゅっと絞る。前と同じ席を用意してもらった。あのとき私と息子に挨拶に来てくれたあしかは今はどこを泳いでいるのだろう.折角の旅行なのにいまいち観光地としての工夫が足りないと思った。車で30分足らずのカーメルやビッグサーにと観光客は流れて行くのかもしれない。 |
| 17maileDrive | |
![]() |
サンフランシスコの南方190km。17マイルドライブはMonterey とCarmelを結ぶパロナマビューのルート。約30kmの アメリカでは珍しい有料道路。その景観と世界でも有数なゴルフ場が海岸線迄迫っている 太平洋の海岸線富豪達の別荘が点在する。 |
|
lone Cypress
|
|
![]() |
世界一孤独な杉。耐えてる。
世界一哲学してるリス。孤独な杉を見てる。 |
| Big Sur | |
| モントレーから南の一号線は、絶壁の曲がりくねった海岸線が中心。運転に自信のない方や高所恐怖症の方には向いてない。しかし、この海岸線は世界で最も美しいドライブコースとされており、ここで撮影されたCMや映画は数えきれない。映画『氷の微笑』ではシャロンストーンのハンドルさばきは見事 |
|
| ビッグ・サーという名前はMontereyの南の海岸沿いの広大な自然保護地域が、かつてEl Sur Grandeと呼ばれていたため。今日Big Sirという と、北はから南はSan Simeon(Hearst Castle)までの90マイル(144km)に及ぶ美しい海岸線のことを指す。 | |
| 今回はBig Sirの潮騒を眼下に見下ろす崖の上のホテルに泊まった。ホテルのダイニングはカリフォルニア有数。今回の滞在中一番美味しいディナーだった。 | |
![]() |
旧帝国ホテルで有名なフランクロイドライトの設計 |
| Carmel | 正式にはCarmel-by-the Sea |
|
カーメルミッション
|
|
![]() |
1770年設立のカーメルミッション。カリフォルニアに21残るミッション(伝道所)のなかで最も美しいところ。 |
|
カーメル市内
|
![]() |
![]() |
街路樹が整然と揃い花々が咲き乱れる町並みには小粋なショップ、ギャラリーが立ち並びそこはかとなくヨーロッパ風。人口5,000人の街に年間800万人以上の観光客が訪れる。俳優クリント・イーストウッドが市長を務めたこともある。芸術家が多く住む。『気取りやが多くて好きじゃない』と運転手。緑豊かでお伽話に出てきそうな可愛いらしい街、でも値段は可愛くない。もともとスタンフォード大学の教授達の別荘地だった。この町の美観を保つ努力は徹底しており、信号もパーキングメーターや街灯もなし。郵便配達をしないので住民は郵便局に私書箱があり、家には番地がないので〜 通りと〜通り交差点から〜方向に〜番目なという表現をしなければならない。公園のなかにジグゾウパズルのようにお店をはめ込んでいる。 |
|
カーメル・プラザ(Carmel Plaza)
|
|
|
|
|
|
|
オーシャン・アベニューとユニペロ通り(Junipero St.)の角にある約40店舗のショッピングモール.最初の頃から3年もたってないのに店が様変わりしていた。 |
![]() |
ワイン用バスケットを購入『運転者はワイン呑めない』と不評 |
| モントレーのワイン | |
| 主に海岸沿い山脈の東側とカーメル、サリーナスバレーに集中。寒流による夏の霧の影響とフレッシュな風により、熟成に長期の時間を必要とするのが特徴。土壌と気候は特にChardonayに適し30に及ぶワイナリーが150種以上のワインを製造 200年前モントレーへ最初にワインを紹介したのはソルダッドミッションの宣教師。しかし、なんといっても現在の成功元になったのは、UC DavisのA.J.Winkler教授の『モントレーは世界中のどの地域よりも高品質ワインを製造できる可能性がある』。なによりのお墨付きだ。その研究報告の霊験でわずか40年、今日のモントレーワインは世界中の注目を浴びている。 |
|
| アメリカのサラダボール | |
![]() |
と呼ばれるサリナス渓谷の農場地帯を通った。にんにく朝鮮薊いちごブロッコリーの名産地が続く。徹底的な人海作戦なのは葉ものやベリー類は手仕事部分が多いのだろう。
|
| モントレー&カーメル |